人のふんどしで相撲を取る

私が本当は口に出して言いたいこと

弱みを見せないということ

 

んー…、なかなかうまく説明できない。

 

 

「あなたのこういうところが嫌いだ」と、

「こういうところが良くないよ」と、

誰かに言うのはとても難しい。

 

相手が大人で、自分よりも年上であればなおさら。

 

あまりそういうことは、わざわざ言うもんじゃないよ。と、

誰もがわかってる。

だから、敢えて言うことはない。

 

たとえ目に余っても、

本人以外のみんなが知っていて、本人だけが気づいていなくても。

たとえ本人のいないところで嘲笑の対象になっていたとしても。

 

なぜなら、

自分の良くない点を面と向かって指摘されて、

それを受け止められる人間は、意外と少ない。

 

どんなに温厚そうに見える人でも、

信頼の厚いように見える人でも、

欠点を指摘された瞬間に、鬼になる。

 

これは、真実。

 

 

だから、本当はそんなことは言いたくないのだけど、

むやみと人の欠点を指摘するものじゃないよ。と、

アドバイスしてしまいました。

 

 

というのは、

 

その学生が、

誰もが信頼する、温厚で、思慮深く、経験を積んだ、

立派(だと思われている)教師から

誰にも気づかれないようにそっと、

でも、あからさまに、

無視されている現場を見てしまったから。

 

はい、残念でした!

 

誰にも気づかれてないと思ったのでしょうけど、

私、見てたからね。

 

あと数年で定年を迎えるおじいちゃん先生。

ほのぼのとした容姿に、おだやかな語り口の、

優しい、優しい、でも立派な、信頼の厚い、×××先生。

 

私、学校中の人に、近所の人たちみんなに、

保護者に、しゃべっちゃうかもしれないよーーー。

ママさんたちのランチタイムの格好のネタになるねーーー。

噂が広まるのは時間の問題。

 

でも、そんなことはどうでもいい。

 

本当の問題は、

あなたが、教師という権力をかさにして、

学生の心を踏みにじったということ。

 

これはあなたの30年の教師生活の総仕上げとして

とてもふさわしい出来事でしたね。

人の良さそうな温厚な教師を演じてきた、

それを上手くやり遂げてきたつもりのあなたの、

本当の姿を人目に晒してしまった。

ま、当然の結末でしょう。

 

 

それでですね、

その子に、私が重ねて伝えたのは、

 

自分が相手を嫌っていることを、

その人に知られてはいけないということ。

 

自分が相手を嫌っていることをわざわざ相手に伝えるのは

弱みを見せるのと同じこと。

だから、知られちゃいけない。

弱みを見せたら危険な人間が、世の中には五万といる。

 

もし、黙っていることが耐えられなかったら、

苦しくなったら、

本当に信頼できる人だけに打ち明けなさい。

 

あなたのことを本当に、心から思ってくれる人。

それは、両親とは限らない。先生とは限らない。

友達の一人かもしれないし、出会ったばかりの人かもしれない。

今はまだ見つからなくても、

どこかに必ず、そういう人が見つかるから。

 

その人には、弱みを見せても大丈夫。

 

 

いい人だ、ほんと

 

「ドッキリ」は、あんまり好きじゃない。

 

最近とくにそう思うんだけど、

見ていて気分が悪くなる。

 

やりすぎだよね、ほんと。

 それを面白いと思える一線を越えてしまっている。

  

だから、見るつもりはなかったんだけど、

たまたまチャンネルを合わせたときに目に入って、

旅番組かと思って、思わず見てしまった。

 

カンニング竹山をリーダーに、

アンタッチャブル柴田、

品川庄司の庄司、

たんぽぽ川村さん、

岡田結実

 

この5人で伊東を旅するというので、

なんか、すごく、見たいわーと思ってしまった。

 

楽しそうじゃないですか? この5人の旅。

 

 

ところがどっこい、

ただの旅じゃなく、いたずらを仕掛けるドッキリ旅行でした。

 

しかも、気づくか気づかないかギリギリぐらいの

地味なやつを連発するという、変な企画。

 

 

結論から言うとですね、面白かった!!

 

 

なんていうんでしょうか、

誰も手を抜いてない。一生懸命やっている。

なのに漂う、ゆるゆるした雰囲気。

要所要所で冴え渡る柴田さんのツッコミ。

 

「6個ぐらいツッコむところある」

 

…って。天才だわ。

 

 

途中から合流するサブメンバーがまた、気が利いてて、

 

パンサー尾形、

阿佐ヶ谷姉妹木村さん、

Wエンジンのチャン・カワイ。

 

面白かった、…全部。

 

旅のラスト、一番の大ネタは

チャン・カワイだけをターゲットにしたドッキリ。

 

けっこうキビシイ内容だった…。

 

 

スタジオの竹山が、最後に一言。

「ほんと、いいヤツだってわかった」

 

 

そこで、私もひらめきました。

っていうか気づいた。

 

この企画「竹山の休日旅」に参加してたメンバー、

全員いい人だわ。

 

このメンバーでの旅番組、ドッキリじゃない普通の旅番組

ほんと見たい!!

 

 

ちなみに、この番組は

フジテレビの「人気芸能人にイタズラ!仰天ハプニング77連発」でした。

 

 

 

誰かが後片付けをしている

 

近頃あまり見ない風景ではありますが、

 

私の少し前を歩いていた年配のスーツを着た白髪の男性が、

「カーッ、ペッ!!」

と、盛大につばを吐きました。道路に。

思わず目に入ってしまった、じゅくじゅくした白い泡の固まり。

 

いずれ乾くのでしょうけど、

きっと誰かが気づかず踏むでしょうね。

 

そのベタベタしたものをつけた靴で自宅の玄関に入り、

玄関に汚れが付着。

あるいは、オフィスビルに入り、

ピカピカの廊下を汚す。

 

 

ああ、気持ち悪い!!

 

 

コンビニの前でから揚げかなんかを食べて、

包み紙とビニールの袋と、汚らしい食べかすのついた串を

その場に放置していく。

 

あんたのその、ブランドの名前がプリントされた

薄汚れたシャツのポケットに全部ねじ込んでやりたい。

 

でなければ、あんたが毎晩横になる

カビの生えた布団の上に全部放り投げてやりたい。

ついでにおっさんの唾も添えてやる!!

 

 

誰かが片づけているんだよーーー

 

 

忘れるからこそ生きていられる

急に仕事が忙しくなり、しばらく慌ただしく過ごしていたら、

ブログを書き始めたことを忘れてしまっていた!!

 

なんということでしょう…。

 

 

でも、まあ、仕方ない。

こうして思い出したから良しとしよう。

 

 

「忘れる」というのは、なんとも情けなく悲しいことでもあるけれど、

ある意味、人間は

忘れることができるから生きていられる。

 

だってそうでしょう?

過去のあらゆる過ち、恥、苦しみ、若気の至り、消したい思い出。

それらが常に鮮明に記憶されていたとしたら、

普通の顔して生きていけますか?

 

忘れるから、前を向いて生きていかれる。

 

 

では、辛く苦しい記憶はどうすれば忘れられる?

 

 

それは、ふたつの簡単な方法で実現できます。

 

ひとつ目は、嬉しい楽しい記憶で塗り替えてしまうこと。

ふたつ目は、辛く苦しい記憶を頭に思い浮かべないこと。

 

 

騙されたと思って試してみてください。

 

「こんな仕打ちをされた」

「あんなことを言われた」

「あのことが辛かった」

「あのとき苦しかった」

なんてことを思い出しそうになったら、

 

大急ぎで、もっとずっと心地よい、楽しいことを頭に思い浮かべよう。

面白いマンガを読んでもいい。

お笑い番組を見てもいい。

美味しいものを食べてもいい。

 

 

ある友人の話。

 

子どもの頃から長年に渡って味わってきた屈辱的な思い出が

30年以上経つ今も、脳裏に焼きついているのだそうです。

 

思い出すたびに、辛くて切なくて、

あの頃、たったひとりで苦しみに耐えていた

小さな女の子のことを思うと、胸が張り裂けそうになる、と。

 

でも、幸せな記憶で苦しみを消すことを覚え、

記憶がとても薄くぼんやりとしたものになりつつある。

決して消えることはないけれど、

思い出して泣かなくてもよくなった、と。

 

 

辛い記憶、苦しい記憶、嫌な体験、屈辱的な思い出。

みんな忘れてしまおう!!

 

全部忘れて、楽しい記憶に塗り替えて、

前を向いて生きて行こう!!

 

 

3人になると豹変する気持ち悪い人の話

 

友人Aと、知人Bと3人で世間話をしていたときのこと。

 

Bは、お金持ちのAが大好きだ。

お互いの距離を縮めたいと思っている。

お洒落で美人のAは目立つ。

Bは、できるだけAと一緒にいたいと思うらしい。

 

私が話している間、Bは一切、私を見ない。

横を見ていたり、

何かに気を取られているふりをしたり、

スマホをいじってみたり。

私のほうに顔をむけながら、

決して私の目を見ない。

 

Bが話している間、

BはAだけを見て話し続ける。

 

私がBの話に相づちを打っても、

一切、スルー。

決して、私の目を見ない。

 

Aが話し始めると、

Bは熱心にあいづちを打ち、

身振り手振り、満面の笑顔で傾聴する。

 

私は不愉快な気持ちになって、

AとBの二人を残して

早々にその場を立ち去った。

 

 

さて、

ある会合で、Bと会った。

 

他に知り合いが見つからないBは、

私のとなりにわざわざ座り、

熱心に私と話をしようとする。

 

私が話すと、Bは熱心にあいづちを打ち、

身振り手振り、満面の笑顔で傾聴する。

 

Bが話すとき、

Bは私の目をしっかりと見て話し、

私があいづちを打つと、

嬉しそうに答える。

 

あまりの豹変ぶりに、

私は気持ちが悪かった。

 

 

そこに、私の友人Cがやってきた。

 

Cは地味な容貌の年配の女性だ。

手に持っているのは、

ハンドメイドの手提げ袋。

 

 

Cが話している間、Bは一切、Cを見ない。

横を見ていたり、

何かに気を取られているふりをしたり、

スマホをいじってみたり。

Cのほうに顔をむけながら、

決してCの目を見ない。

 

Bが話している間、

Bは私だけを見て話し続ける。

 

CがBの話に相づちを打っても、

一切、スルー。

決して、Cの目を見ない。

 

私が話し始めると、

Bは熱心にあいづちを打ち、

身振り手振り、満面の笑顔で傾聴する。

 

 

私は不愉快な気持ちになって、

早々にその場を立ち去った。

Cもすぐにその場を立ち去った。

 

 

 

後日談。

 

Cは、普段目立たないようにしているが、

国際線に勤務する

華麗なキャビンアテンダントだ。

 

仕事帰りの、

パリっとしたCと会った。

そこにBが通りかかった。

 

 

私が話している間、Bは一切、私を見ない。

横を見ていたり、

何かに気を取られているふりをしたり、

スマホをいじってみたり。

私のほうに顔をむけながら、

決して私の目を見ない。

 

Bが話している間、

BはCだけを見て話し続ける。

 

私がBの話に相づちを打っても、

一切、スルー。

決して、私の目を見ない。

 

Cが話し始めると、

Bは熱心にあいづちを打ち、

身振り手振り、満面の笑顔で傾聴する。

 

私たちは不愉快な気持ちになって、

早々にその場を立ち去った。 

明日やろう

明日からはじめよう。

 

来週からはじめよう。

 

来月から、

夏が終わったら、

寒くなる前に、

年が明けたら、

来年からはじめよう。

 

いつも、いつも先延ばしにしてしまう。

よくない癖。

 

 

これは、自分への戒め。

子どもの未来

不登校は「あり」か「なし」か。

 

 

45歳、無職、独身。

母親と二人、母親の年金をたよりに暮らしている。

 

一日の大半を寝ているかパソコンの前で過ごし、母親からもらう小遣いでゲームを買う。母親がもし死んだら、生活保護をうけるしかないと自嘲気味に笑う。

 

これは、安易な気持ちで始めた不登校の先にある未来のリアルな姿。

 

 

ほんとうにほんとうに辛くて、苦しくて、何としてでもその環境から逃げ出さなければと必死の思いでもがき続けていたのなら、不登校の先に新しい生活、新しい人生、新しい未来を見つけることができるでしょう。

 

 

でも、「理由はわからないけど(本当はわかっている)」「なんとなく(ただ面倒くさい)」「とりあえず今だけ」と、安易な気持ちでずるずると休み続けた先に、未来はありません。

 

一日休んだら、次の日も行きたくなくなる。それを安易に許す親。二日休めば、三日目はもっと行きたくない。

一週間休めば、次の週はもっと辛くなる。好きなだけ休んでいいよと、親が言う。二週間休めば、一ヶ月たつのはあっという間。一ヶ月休めば、授業にはもうついていけない。学校にはもう行けるはずもない。

二ヶ月休めば、一学期過ぎるのはあっという間。そして半年すぎ、またたく間に一年が過ぎる。

 

その頃には、たくさんの経験を積み、新たな知識を蓄えたクラスメイト達がまぶしいほどに成長を遂げている姿を、あなたはもう直視できません。

 

妬み、嫉妬。かつての友達に対するあなたの気持ち。

同情ではなく、哀れみ。あなたに対する、かつてのクラスメイトたちの気持ち。

 

 

あの頃、学校に行けなくなった、教室に入れなくなったあなたに、クラスメイトは優しい言葉をかけてくれました。保健室で愚痴をこぼしているあなたの様子を気遣って、休み時間に会いにきてくれました。

何ヶ月も教室に姿を現さないあなたのために、あなたの席を用意して、先生とクラスメイトたちがずっと待っていてくれました。

 

やがて一年たち、二年たち、あなたがようやく重い腰を持ち上げたとき、教室にあなたの席はもうありません。

あなたを気遣い、様子を見にきてくれていたクラスメイトたちは、もう学校にはいません。みんな、それぞれの未来に巣立っていってしまったからです。

 

ひとり取り残されたあなたが、たったひとり新たな人生を築いていくその道のりは、険しく、厳しく、世間の風は驚くほど冷たいでしょう。あなたと共に歩む仲間はひとりもいません。

 

あのとき、二日目に、三日目に、一週間たったあの日、思い切って、辛くても、泣きそうでも、吐きそうでも、苦しみを乗り越えて教室に戻っていたなら。

今自分が直面している孤独、未来への不安、恐怖に比べたら、それはどんなにたやすいことだったでしょう。

 

 

もしあなたが、学校へ行く、教室に入るという、たったひとつの努力を成し遂げたら、学校や先生たち、クラスメイトたちがあなたを全力でサポートしてくれるでしょう。

 

最初の日は、トイレで吐いてしまうかもしれません。教室で、顔を上げることもできず、ぶるぶる震えてしまうかもしれません。

朝教室に入ったとたんに、逃げ出してしまうかもしれません。過呼吸に襲われて、涙が出るほど苦しい思いをするかもしれません。もしかしたら、誰かがくすくす笑うかもしれません。

 

でもあなたが頑張り続けるかぎり、誰かが絶対に、あなたを助けてくれる。これは、100%保証する。

 

 

でも、学校へ行かないという安易な選択、朝起きないという楽な選択、試験を受けない、面倒な授業を受けない、面倒な人間関係から逃げる、きちんと意見を述べることから逃げる、嫌な思いはしたくない、誰かと比べられたくない、試験の結果が悪くて情けない思いをしたくない、レギュラーに選ばれなくてみじめな思いをしたくない、自分よりも恵まれた人とは一緒にいたくない、自分よりもできのいい人とは一緒にいたくない、厳しいことを言われなくない、宿題もやりたくない、でもそれで悪い評価をもらいたくない、受験に失敗して恥をかきたくない、仲間外れにされたくない、でも面倒な思いまでして友達を探したくない、誰かに合わせて気を遣うのはまっぴら、誰かが褒められるのを見たくない、頑張っただれかが評価されるのを見たくないという選択をしたとしたら、誰もあなたを助けることはできません。

 

学校へ行くのは自分。背中を押すのはあなたの親。

 

 

あなたには、一体、どんな未来が待っているのでしょう?